平成13年2月1日発行
2001年3月号200〜205ページより転載
 エンジンは燃料の持つ熱エネルギーを動力に変えクルマに運動エネルギーを与える。ブレーキはクルマの運動エネルギーを摩擦を使って熱に変えクルマから運動エネルギーを奪う。エンジンもブレーキも共に熱交換機に他ならないわけだが、その効率はブレーキの方がはるかに高い。ちょっとお考えいただければお分かりの通り、自重1.8トンのクルマを時速200kmに加速させるために必要なエンジンの大きさ複雑さに比べると、それを停止させるために必要なブレーキはずっと小型でシンプルだからである。もちろんABSやそれを利用したスキッドコントロールなどブレーキシステムも複雑化の一途をたどっているが、今回はその根幹となるブレーキそのものに焦点を当てる。それにしても日本最大のブレーキメーカーがローターを作っていなかったなんて知ってましたか?
No.28 ブレーキ工場
曙ブレーキ工業株式会社
 「うちではローターは作ってません。ローターっていうのは砂型鋳造のねずみ鋳鉄製ですね。耐熱性上げるためにニッケル入れたりモリブデン入れたり、耐振性をよくするんでC(炭素)やシリコン増やしたりとそれなりに工夫は色々ありますが」
「所詮はずくだと」
「まあ鋼とかですね合金鋼とかそういう(高級な)材料というのは摩擦の相手としてあまり適してないんですね。ずくっていうのはパーライトとフェライトの組織の中に黒鉛が細かく針状に分布してて、これが固体潤滑剤の役をしてくれるんで摩擦の相手にはちょうどいい」
「じゃノジュラーのような球状黒鉛鋳鉄とか白心や黒心の可鍛鋳鉄、接種処理を加えたミーハナイトとか何だとか、とにかくその手の特殊な鋳鉄もローターの材料には適していないと」
「使いませんね」
 埼玉県羽生市にある曙ブレーキエ業株式会社(以下曙ブレーキと略す)開発部門の会議室で取材前のミーティングが始まると、私の一夜漬けの予習がすっかり徒労だったことが早々に判明した。ブレーキといえばディスク、ディスクといえばローター、ローターっていや鉄に決まってる。今日の話はてっきり鉄だと勝手にそう思い込んでいたのである。考えてみればローターがそんなに上等な鋼で作ってあったらあれほど簡単に真っ赤っ赤にさびたりするわけがないのだ。
曙ブレーキ工業株式会社
本社所在地:東京都中央区日本橋小網町19−5
創業:昭和4年1月
資本金90億
従業員数:4700名(連結)
売上高:1210億円(平成11年度)
生産拠点:国内7ヵ所 海外4ヵ所
子会社:国内11社 海外5社(アメリカ、フランス、インドネシア)
自動車関連の主要生産品:ディスクキャリバー、ディスクパッド、ドラムブレーキ、ブレーキライニング、シューアッシ、クラッチフェーシング
URL = http://www.akebono-brake.com/

 「摩擦と振動、その制御と解析」が曙ブレーキの企業理念。モノが動けばそこには必ず摩擦と振動が発生する。自動車・オートバイ・鉄道・産業機械のブレーキだけにとどまらず、家庭用電化製品など幅広い分野での活躍が期待されている。」

下:曙ADタイプキャリパー(アリスト用)の構造。

 右端がピストンを収めるキャリパー、左端がこれと組み合わさってピンでスライドするサポートである。材質は共にFCD(ダクタイル鋳鉄=球状黒鉛鋳鉄)。銀色に光っているのがパッドを押すピストンで直径約60φのカップ状の砂型錆物切削加工品である。パッドはカップ側のフチで押す。四角いパッドの裏側には2枚のシムがはめ込まれている(写真では2枚がくっついたまま)。片側は肉厚0.5mmのステンレス板製、もう一方はスリットを開け両面をゴムでコーティングした内厚0.6mmの鋼板製。共にパッドで発生する振動を減衰するための工夫で、さらに両者とパッドは二硫化モリブデンのグリス(これも鳴き防止の効果を持つ)を介してはめ込まれている。外側シムのスリットはグリスだめである。
 もちろん自動車メーカーではローター、キャリパー、パッド、油圧回路にアンチロックにアンチスキッド、プレーキシステムすべてをトータルで設計し開発してそれぞれ専門のサプライ ヤーに発注している。だがブレーキ・ローター作りが「鋳物屋の仕事」なのだとすると「ブレーキ屋の仕事」とは一体何なのだろう。
 1929(昭和4)年に創立された曙ブレーキの前身を曙石綿工業所という。石綿とはいしわた、アスベストのことで蛇紋石や角閃石を変成させて作る物質である。非常に細かい繊維状をなして綿や糸のようにやわらかく、布のように織ることができ、群を抜いた耐熱性・耐火性を有している。耐熱材、防湿材、電気絶縁材として用途が広いがもうひとつ、摩擦材の材料としても最適だ。摩擦材とは聞き慣れない言葉だが摩擦を使って仕事をするブレーキパッドやライニングやクラッチフェーシングなどの総称である。石綿の繊維を熱硬化性樹脂や天然ゴム、合成ゴムなどで接着して固め板状に成形すると石綿の微細な繊維が強い抵抗となって鋳鉄などの表面との間で摩擦力を生む。このとき非常な高熱が発生するが耐熱性 が高いため摩擦力の変化が少なく仕事が安定するというわけだ。
 曙石綿工業所は鉄道車両や自動車用の各種摩擦材の専門メーカーだった。戦後日本は通産省の強力なバックアップで自動車産業の育成に乗り出したがこのとき曙石綿工業所に白羽の矢が立ち、トヨタをはじめ国内自動車メーカー各社が資本参加して1960(昭和35)年に現在の社名に改称、米国ベンディックス社から技術を導入して乗用車用ブレーキの生産に乗り出す。曙ブレーキの出発点は摩擦材、ディスクブレーキでいうパッドなのである。ブレーキ屋とは要するにパッド屋のことだ……曙ブレーキの技術者の方とお話をしているとそんなプライドが熱気のように伝わってきた。
ねずみ鋳鉄製のベンチレーテッド式ディスクローターとキャリパーアセンプリー。
 ローターは曙ブレーキの製品ではない(本文参照)。
曙ブレーキ製オポーズドタイプの4ポッドモノブロックキャリパー試作品。
 材質はアルミ合金である。もちろんモータースポーツ用に開発されたもの。モノプロックは剛性が高いが、ピストン穴の切削加工が難しく(常識的に考えれば不可能)コストが高くなる。
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