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2011年9月  
 「初夏のパリで出会った、古いアルファロメオスパイダー」 2011/09/03

今年の6月、初夏のパリを家族で訪ねた。毎日軽やかな陽射しとからっとした空気が心地よく、朝から夕方まで子供を連れてパリの街中を歩き回った。
エッフェル塔の近くの部屋だったので、歩いてエッフェル塔の下の公園に行ったり、近くの水上バスの停留所から1日券で遊覧して回ったり。
朝と夕方にはスケッチブックを持って、近所のセーヌ河やエッフェル塔の眺めを絵にしていったりした。

そんな散歩の中で、思いがけない車に遭遇することがある。
その日はもうパリから帰国する日で、家族4人で地下鉄に乗りサンマルタン運河のまわりを歩き回り、オベルカンフのおしゃれ地区を散策したあと、お目当てのレストランを探してふらふらと子供と歩いていた。前方では妻が上の子供と通りのウィンドウを眺めていたのだが、突然何やら指を指している。
下の子供の手を引いて歩いて行くと、ゴールドのような紫がかったグレーのような、微妙な色合いの古いアルファロメオが佇んでいた。
午後の光りは照り返しも強く、日陰の中でも光りが渦を巻いていた。
そんな中でひときわ輝くアルファロメオは、ジュリエッタボディに1600のエンジンを積んだ、ジュリアスパイダーであった。
古い黒の75パリナンバーを付け、大きな補助ライトを付けた姿は適度な使用感と、丁寧に使い込まれた工芸品のような趣きがあり、いつまでも眺めていたい誘惑に駆られた。
このような古いオープンカーを道ばたに、オープンのままでとめてしまうのはパリのこのようなちょっと高級な通りではよく見かける事で、粋で伊達物の洒落たセンスなのだろう。
そこで写真を何枚も撮り、帰国後に水彩画に仕上げてみた。

アルファロメオ、その響きはどこかロマンティックで、スポーツカーでありながら女性や年輩の紳士にもしっくりとし、しっとりとした雨や枯れ葉の景色も似合う色気が漂う。とくにこんなパリの街中で出会うアルファロメオは、プジョーやシトロエンと言った実用車の中で、そこだけ映画のような空間を1台で築き上げる。
舞台に上がった役者のような車には、やはり役者のようなオーナーが似合うだろう。そんなオーナーを想像しながら、この絵を仕上がるのは気持ちよかった。シルバーグレーのマストロヤンニのような遊び人、ロロブリジーダのような女性が毛皮を来て乗り込んだら。
そこからストーリーは始まる。


 「ドゥオーモとランボルギーニカウンタック」 2011/09/10


マルチェロ・ガンディーニと言えば、僕らの世代にとってはスーパースターだろう。小学生の頃にスーパーカーブームを経験し、マルイのプラモデルは避けて通れない誰もが体験した驚きの模型だったろう。
ドアがきちんと開閉しリヤのフードからもエンジン(の彫刻)をのぞくことが出来る。エンジンにはきちんとパイピングまでパーツ化され、もちろんライトも上下に作動、ステアリングをまわすとタイヤは首を振ったのだ。
モーターで走らせて、ムギ球を使ってライトを光らせたのも遠い思い出である。
プラモデルをとおして、僕ら子供たちは実車を体験していた。憧れのスーパーカーのオーナーの気分で、机の上のカウンタックに顔を近づけて空想の12気筒エンジンを頭の中でフルスロットルにする、実に幸せな瞬間であった。

ガンディーニのオリジナルスケッチはもっとシンプルで、サイドウィンドウからテールライトにのびる面がねじれていくその一点に美しさと艶かしさが集約された凝縮感のある物だった。地上に降り立つ宇宙からの使者。今見てもものすごく前衛的で、時代を突き抜けた破壊力を感じる優れた工業デザインだと思う。
プロファイルで見ると人の収まるべきスペースはわずかで、ほとんどの空間は巨大な12気筒エンジンと、それにつながるミッションケースで埋まっているのがわかる。エンジンを運ぶために作られたチューブラーシャーシは、まさにイタリア人の仕事でありフルッチョとスタンツァー二の情熱が詰まっている。カウンタックとランボルギーニ社は幾度もの倒産の危機を乗り越え、25年の時を超え25thアニバーサリーの誕生まで生きながらえた、永遠の前衛彫刻であった。この5000クアトロバルボーレでさえ、今から25年も前のモデルであり、超現代的でありながら、既にクラシックの薫りも併せ持つのである。

今回のイラストは、その5000クアトロバルボーレをミラノのドゥオーモの前に降り立たせると言うリクエスト。
雄大なミラノのモニュメントと、サンタアガタの怒れる猛牛。しかしそのシーンは早朝であろうか、まわりに人影はなく、どこまでも無音の世界が広がっている。そこに金髪の女性が近づき、ガルウィングドアを空に突き上げて、5リッター12機等エンジンに火を入れたら、そんな事を夢想しながら1枚の水彩画を仕上げていった。
古来からの歴史的な建造物と、時代を突き抜けた異物体の衝突、そこにあるのは完璧な静寂と調和だった。
絵を描いてみる事で初めて立ち上がる、印象的な風景。
この絵は横幅が70セントを超える大作である。ただそこに吸い込まれていくかのような、不思議な空気感を表したかった。
このような絵をリクエストしていただいた依頼者の方のセンスに感謝するとともに、また次なる驚きを求めて、姿勢を正して真っ白な水彩紙に向かい合うのである。


 「パリのデュエットスパイダー」 2011/09/17


アルファロメオのスパイダーボディは、どこか遊び人の優雅な香りがあり、秘密のストーリーが感じられる。
映画に出てくるアルファロメオもスパイダーが多い。有名なダスティンホフマンの「卒業」でも、その卒業記念に父親からプレゼントされた真っ赤なスパイダーは自由への象徴だったのだろうか。ミセスロビンソンと逢瀬を重ねる主人公が乱暴に乗り捨てるのがこのスパイダーだった。
フランス映画、「5月のミル」でも車は重要な性格付けがされている。インテリのお姉さんは古い2CV。大学教授は大きなDS。そして、遊び人のおじさんはジュリエッタスパイダーを乗り回していた。ゴダールの映画でも、ジャッカルの日でも、ジュリエッタスパイダーの画面を縦横無尽に走り回る自由さが忘れられない。

そんな自由の象徴のようなスパイダーは、やはりパリの町並みによく似合う。パリの町並みは、歩いていて角を曲がると映画が始まるようなはっとする瞬間がある。雨の日のアルファロメオ、傘の向こうに幌をかぶってうずくまった姿は、そこに映画の音楽をかぶせたくなるほど魅力的だった。
周りにいるのがちょっと古いプジョーやシトロエンだったりすると、よけいに古いスパイダーが愛おしく思える。
そんなスパイダーを見つけるとカメラを手にしてじっと待つのだ。ここでカメラを構えていてはいけない。
カメラを構えるというのは人に銃口を向けるのと同じ圧迫感を与えるという。
カメラを手にして、自分が風景の一部になるまでじっとしている。そこにさっときれいな女性が通りかかったり、自転車がさーっと通り過ぎるとき、カメラを構えて瞬間を一枚切り取るのだ。
そうやってアルバムには、たくさんのパリの町並みとそこに似合う車のある風景、すてきなアルファロメオが貼付けられていく。
一枚一枚にそのときの物語が入っている。朝からの体調、角を曲がったときの自分の驚き、手にしていた荷物まで思い出し、そこからまた一枚の絵を仕上げていくことになる。

パリの町並みが好きだ。歴史的な部分と、大切にされて磨き上げられた宝石のような、大事にされている町のみが持つ共通した居心地の良さが、そこには感じられる。町の看板、ちょっとした道路標識、散歩をしている犬まで、この町では重要な小道具になる。街路樹からの木漏れ日、路線バス、そして通り過ぎるパリジャンやパリジェンヌの後ろ姿をみながら、この町の片隅を絵にしていくのだ。

この水彩画は、パリの古い地区である、文化的なマレというところで見かけたアルファロメオ デュエットスパイダー。お尻のくるんと丸い姿が魅力的な初期のスパイダーで、そのしっとりとした姿が非常に魅力的だった。もちろん、そこに真っ赤なジャケットを着た女性が通り過ぎた瞬間に、僕はシャッターを押した。そこから一枚の絵を完成させたとき、僕の中の物語は完結する。


 「ルマンクラシック」 2011/09/24


去年の夏、7月のルマンクラシックは素晴らしい体験であった。
ルマンのサルテサーキットフルコースを舞台に、戦前から1979年までのレーシングカーたちが集い、縦横無尽に走り、爆音を響かせ、満員の観客が声援を送る、夢のような3日間であった。
デジカメを手にして撮った写真は1500枚以上。非常に強い日差しと高い気温の中、自分の高揚した意識をクールダウンさせるために生ビールを何度も流し込み、広い6つのパドックを往復しながら13枚の画用紙に鉛筆で線を走らせた。
目の前に広がるフェラーリの群れ、ジャガー、アストンの魅力的な色彩、ルネボネジェットやアルピーヌプロトタイプ、マセラーティバードケージ、そしてホーメットTX、1台だけでも卒倒するような車を前に、目を凝らして線を探し、立体のボリュームを肌で感じ、艶かしく輝くボディの移り込みを存分に味わい、一枚のドローイングを完成させていく。
それは、2度と味わえないような、素敵な体験だった。

ルマンから帰ってきてすぐ13枚の絵に、写真を見ながらそのときの記憶をたどり、水彩で表情を付けていく。
現地での興奮を思い出し鉛筆の線に筆で質感を与えていく作業は、手でボディを触っているような不思議な感触があった。その場に居合わせるということは、絵に自分が入っていく上で本質的な意味を持つのだと実感した。そして1年が経った。

今年の暑い夏、さらに7枚の水彩画を描き足した。膨大な写真の中からどうしても描きたい風景を選び出し、今度はやや大きめの水彩紙に向き合った。
書道のように、白い紙の中で線を探し、あの場の空気や音、風を思い出しながら鉛筆で形をとっていく。魅力的なスポーツカーの形が表現できるまで、何度も線を描き直しまたドローイングが出来上がる。一晩放置して、翌朝見た印象で形を手直しし、一気に仕上げていくのだ。
水彩画は後戻りできない。そのときの気持ちでさっと色をしいていき、その部分をできるだけ簡潔に仕上げていくように心がけている。
そして描き加えるごとに、その車の格好いい部分が表現できれば、と心を砕く。
この絵も、そんなルマンでの信じられないような風景を水彩画で再現してみた。ハレーションを起こすような強い日差しのもと、テントの下に息をのむようなフェラーリがしばしの休憩を取っている。これからの走りに備えてのつかの間の静かな時間、博物館やコレクションホールではなく、サーキットでしか描けない臨場感を大事にしたかった。
貴重なフェラーリのレーシングカーを前にした幸福をかみしめながら。


これらの水彩画を、9月23日から28日までのあいだ、原宿ペーターズショップ&ギャラリーにて展示させていただきます。あの暑い夏を思って、白日夢のような圧倒的な経験を少しでも伝えられたなら幸いです。
写真や模型、自分の気に入った物を会場に持ち込みますので、ぜひとも皆様に見ていただきたいと思います。

溝呂木陽 水彩画展「ルマンクラシック」
ペーターズショップ&ギャラリー
http://www.paters.co.jp/
9/23-28(会期中無休)12時〜19時
03-3475-4947
会期中会場におりますのでお気軽にいらしてください。入場無料


 「雨のゴルディーニ」 2011/09/30


海外旅行に行って一番困るのは雨かもしれない。その日の予定を立てて、なれない現地の天気予報をみたときの傘マーク。
荷物は増えてしまうし、濡らしたくないものもある。特にスケッチしている最中に雨が降ってきて絵が台無しになると、ちょっと困り者だ。
エッフェル塔の下でスケッチを始めたとき、下書きを終えて色を塗り始めた頃、急に空が暗くなってきた。
やがて大粒の雨が落ちてきたかと思ったら、その雨はバケツをひっくり返したような土砂降りとなった。
幅25センチほどの軒の下に体を貼付け、絵の色調を雨模様にかえてトーンを落としてみる。
その影の部分に雨粒が跳ね、水玉模様を作っている。そして絵が完成したとき、そのはねた水しぶきが思わぬアクセントとなって、絵に存在感と時の経過を刻み込んでくれた。

子供を連れてパリの市内を散歩するときも、雨には気を使う。数年前に旅行したときは、まだ下の子供は1歳だったので、ベビーカーを持ち込んで、市内をガラガラと押して回った。
当然地下鉄の階段はかなりたいへんなので、もっぱらバスを利用することになる。
地下鉄とバスが乗り放題の写真入りの1週間定期券を窓口で買い、目的のバス停を探しひたすらバスを待つのだが、パリのバスの仕組みがまた難しいのだ。
時刻表にはフランス語で各曜日、各時間帯ごとのバスの運行間隔が表示されているのだが、そのときごとに変更があったり、バスが突然休止になっていたり。
その日もアパルトマンを借りていたヴォージュ広場の近くから、レピュブリックまで歩いてお散歩をしていたら土砂降りになった。
下の子供のベビーカーはビニールの囲いをつけたのだが、4歳の娘と僕たちは、かっぱを着込んでも下着までびしょびしょになるぬれようだった。
案の定、地図で調べてバス停で待つものの、20分待ってもこない。
そしてそばにいた紳士とタクシー乗り場まで移動し、その日はタクシーに乗ってのご帰還となった。
雨の中を走るタクシー。体は冷えきっていたけれど、雨を拭うワイパーの動きを見ながら走り抜ける北マレの街並は、映画のワンシーンのようなしっとりとした輝きがあった。

このホテルは、マレとバスティーユの間にある小さな白い建物。ここを歩いていたときも、雨に降られ、小さな軒下を見つけて雨宿りをした。
フランス人も傘を持ち歩かない人が多いので、ちょっとぐらいの雨なら雨宿りをしてやり過ごし、多少濡れても歩いていってしまう。
この日も赤いかっぱを着た少年と目を合わし、笑顔のあいさつをかわしながらその場でカメラを構えた。
路面がぬれて白いホテルが反射する。ちょうど雨が上がってきて、夏服の親子が通り過ぎるときに、1枚の写真を撮った。

晴れた天気の気持ちよい青空の写真ももちろんいいけれど、こんな雨の写真、傘のひらいた写真にもドラマがある。
ちょうど映画のクライマックスシーンで申し合わせたように土砂降りがはじまるように、その雨は僕にドラマを感じさせてくれる。
ここで絵に描き込んだのは、フランス製の青い弁当箱と呼ばれる、ルノーR8ゴルディーニ。
ルノーが60年代はじめに開発した、RRのファミリーサルーンであるけれど、その素質を見抜いた魔術師、ゴルディーニの手でエンジンに手が入り、モンテやサーキットを舞台にしたワンメイクレースで大活躍を演じた60年代に欠かせないスポーツサルーンへと変身したのだ。
その姿は、フランスならではの粋とセンスにあふれたもので、僕にとってはたまらないスポーツカーなのだ。
友人からゴルディーニの絵を依頼されたとき、こんなパリの片隅の雨のシーンを頭に描いた。
ぬれた路面ですっと向きを変える、美しい水色のサルーン、そこに始まるドラマはどんなものだろう。

とくに写真を撮る人には、雨や夜の写真がドラマを感じさせるという。朝の景色、夕方の光。それぞれの瞬間のときの移ろいを絵にしてみたい。