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地図の読めない女  

こんなに怠惰な私が、ひとさまから「アクティブ」などと評価していただける背景には、これほど女性とクルマの距離が近づいた今なお、クルマ×女=アクティブという公式がまかりといおっているからだ。ということは、先週のこのコラムに書いたとおり。しかし、アクティブの背景はそれにとどまらないようで。どうやら、「女性は地理にうといもの。だから、そんなネガ要素を克復し、道順を調べてまでクルマででかけようと思うパワーがすごい」というところにもあるらしい。

確かに、女性……の皆が皆、そうだとは言わないが、少なくとも私は、地理にうとい。もっとはっきりいえば、驚かないひとはいなかった、というほどの方向音痴である。どれぐらいのレベルかといえば、これはもう、黒帯級だ。自慢するみたいで恐縮ですが。いや、自慢になってないってば。

温泉旅館へでかけて、一度で大風呂にたどりつけなかったこと、数えきれず。右に行っては戻り、つきあたっては左へ行き、そんなことを繰り返してようやくたどりついたりするものだから、今度は部屋へ帰れなくなる、といった調子である。

それでも、どうにかならなかったことは一度もなかった。という妙な自信に裏打ちされて、ついつい、クルマのエンジンをかけてしまうのだ。何年か前のベストセラー書籍のタイトルのごとく、地図は読めないし、ひとに教えてもらっても、道順をイメージで覚えることができないからすぐに忘れる。それでいて、ナビなんかつけたらセンターコンソールの絶妙なデザインバランスが崩れるから絶対にイヤ!っつう、わがまま女王さまぶり、ときている。

その上、私はUターンが上手い。ウチの娘たちは、わがまま女王さま、ではなく、Uターンの女王と私のことを呼んでくれるほどだ。つまり、道を間違えるのは当然、と言う大前提のもとに、クルマを走らせてきた歴史の中で、私には、ひとつの処世術としてのUターン技術が身についているのだ。

さらにさらに、どうしてもわからなかったら、ひとに道をたずねたらいい、という経験から生み出した信条もある。標識と看板を読む視力と知力さえあれば、たいていの場所にはたどりつくことができるが、それでもダメな場合は、感謝の気持ちととともに、ひとに聞けばいいのだ。これを「勇気ある行い」とする男性が多い事実は、男になったことのない私には不思議でならない。

しかし、これほど方向音痴な私にハンドルを握らせて続けているもっとも大きな根拠は、やはり、大らかというにはあまりにも怠惰な、私の思考回路にあるのだろう。「だいたい、どんなに走っても、世界地図で見れば、ちっぽけな島国のどこかにいることは間違いないんだし。道はつながっているものだから、走っていればいつかは必ず家に戻れるんだし」。

おかげさまで、今では「そんなに方向音痴なのに、クルマで行動するなんてすごい!」「間違えても慌てないなんて大したもんだ」などと、褒められたりすることもあるほどだから、人間、何が幸いするか、わからないものだわ。